『古事記』には天之御中主神、『日本書紀』では天御中主尊(あめのみなかぬしのみこと)と記されている。
天之御中主神は、『古事記』には八百万神に先駆け、最初に高天原に現れた神と記されている。
この後に生まれる高御産巣日神、神産巣日神の二柱の神とは異なって、天之御中主神に関する記述はこれのみで、その神性や働きなどについては記されていない。
ただ、『古事記』序文に、天之御中主神、高御産巣日神、神産巣日神を指して「三神造化の首(はじめ)」という風に書かれているため、この三柱の神を「造化三神」と呼んでいる。
また、この後に現れる宇摩志阿斬訶備比古遅神、天之常立神を加えて「別天津神」とも称される。しかし『日本書紀』には、このような記述は第四の一書に見えるのみで、本文には記されていない。
『日本書紀』の本文では最初に現れる神は国常立尊で、故に天之御中主神と国常立尊を同一視する説もある。
また『古事記伝』には「天の真ん中に坐して世の中の宇斬たる神と申す意の御名なるべし」とある。
このように、直接生活にかかわる神では無いため、信仰の対象になったのはかなり後のことのようで、近世に入ってから天一星信仰、北斗信仰、北極星信仰や仏教の妙見信仰と習合していったようだ。また、明治以降に解禁されたキリスト教でも、一部の信者の間で天之御中主神を、天主=ゴッドと同一視する意見などが見られた。
よって、主祭神として祀る神社は少ない。また、北海道開拓の村々では、天之御中主神が祀られて例が多い。