『古事記』では津島、『日本書紀』では対馬洲(つしま)と記されている。
最初の国生みで納得のいく子を得られなかった伊邪那岐命と伊邪那美命が、天津神の教えに従って男神である伊邪那岐命が先に声をかけて生まれた六番目の子。またの名を天之狭手依比売(あめのさでよりひめ)ともいう。土地的には対島の事で、津は港を表す。また読みの「つ」は円を意味し湾を表している。
同時に生まれた淡道之穂之狭別島、伊予之二名島、隠伎三子島、筑紫島、伊伎島、佐渡島、大倭豊秋津島と並んで大八洲(島)と称される。
大八島は『日本書紀』本文では淡路洲、大日本豊秋津洲、伊予の二名洲、筑紫洲と続き、次ぎに億岐洲と佐渡洲とが双子で生まれ、越洲(北陸道)、大洲、吉備子洲の順に生まれたとなっている。